インデックス投資は本当に"つみたてれば勝つ"のか


動画版(約8分)。急いでいる方はまずこちらでもOK。

W1 宝くじ、W2 保険、W5 住宅ローン に続いて、再び お金 のテーマに戻ります。今回は インデックス投資、特に新 NISA 時代の「つみたてれば勝つ」という新しい常識を数学で解き直します。

結論から言うと、「つみたて必勝」説は 半分だけ正しく、半分は入門書の過剰単純化 です。新 NISA の月 10 万を 30 年続けて得られる “1 億 2 千万円” は、年利 7% が永遠に続く前提の最大値 であって、期待値ではありません。しかもその 7% は、過去 100 年の米国株の歴史的実績であって、将来の保証ではない。

今回は、入門書が語らない 4 つの数学的事実を順に解剖します。① 期待値では 一括投資がドルコスト平均法を上回る、② 長期保有の “必勝” は時間軸と市場次第、③ S&P500 一択は “分散” ではなく “米国経済一択” の集中投資、④ “リスクプレミアム” はタダ飯ではなく株式を保有し続ける コストの対価。


L1|複利の魔法、その数字

新 NISA(2024 年開始)の設計:

  • つみたて投資枠:年 120 万円まで(月 10 万円)
  • 成長投資枠:年 240 万円まで
  • 生涯投資枠:1,800 万円
  • 非課税期間:無期限

「月 10 万円 × 30 年 × 年利 7%(S&P500 過去平均)」の計算:

30年後の資産=10万×(1.07/12)360−10.07/12×12≈1億2千万円\text{30年後の資産} = 10 \text{万} \times \frac{(1.07/12)^{360} - 1}{0.07/12} \times 12 \approx 1 \text{億} 2 \text{千万円}

元本 3,600 万円 → 1 億 2 千万円。差額 8,600 万円が “複利の魔法”。入門書・SNS・証券会社の販促資料で、この数字が独り歩きしています。

まず「年利 7%」の正体

実はこの 7% の出所も曖昧です。S&P500 の過去約 100 年(1926-2023)の実績を見ると:

指標年率リターン
名目(配当再投資込み)約 10%
実質(インフレ調整後)約 7%

つまり「7%」は、歴史的にはインフレ調整後の実質リターンとして学術的に支持される数字です。入門書では名目か実質かが曖昧なまま使われるケースが多い。

さらに Forward-looking(将来予測)はもっと低い:Vanguard、BlackRock、Morgan Stanley 等の主要機関は、米国株の今後 10 年の期待リターンを 4-6% と予測しています。理由は、現在の S&P500 の P/E 比率が過去平均の 1.5-2 倍、配当利回りが過去平均の 1/3、という高バリュエーション環境です。

年利 4% で同じ計算をすると、30 年後は約 6,900 万円。「1.2 億」との差は約 5,300 万円。この落差を無視してはいけません。

計算に隠れた 3 つの前提

  1. 年利 7% が 30 年間、平均ではなく毎年ずっと 続く(しかもその 7% は過去実績の “実質” で、将来予測はもっと低い)
  2. 米国株の過去 100 年実績が 将来も再現される
  3. 30 年間 一度も取り崩さない・積立を止めない

これらが成り立たない場合、1 億 2 千万円は幻になります。順に見ていきます。


L2|ドルコスト平均法の “本当の利点”

ドルコスト平均法(毎月定額で買う)は、入門書で「安い時に多く、高い時に少なく買える、だから有利」と説明されます。これは半分だけ正しい。

期待値では一括投資のほうが勝つ

Vanguard 社の 2012 年の有名な研究 “Dollar-Cost Averaging Just Means Taking Risk Later” によると、米国株・英国株・豪州株の 1926-2011 年のデータで、約 2/3 のケースで一括投資がドルコスト平均法を上回りました。

理由は単純です:

  • 株式市場の期待リターンは プラス(長期的に)
  • ドルコスト平均法は、投資資金の一部を キャッシュで寝かせている期間 がある
  • 寝かせている期間はプラスのリターンを得損ねる
  • 平均すれば、早く全額投入したほうが得

ではドルコスト平均法の本当の利点は何か

利点中身
分散低減高値掴みのリスクを下げる(結果の最大値も最小値も中央に寄る)
心理的な続けやすさ相場下落時でも機械的に買える、“買うタイミング” を悩まなくていい
資金制約そもそも一括投資できる余裕がない人には、積立しか選択肢がない

つまりドルコスト平均法は “期待値” ではなく “分散” と “心理コスト” を下げるツール。保険の数学(W2)と同じ構造です ─ 期待値マイナスでも、分散を下げたいなら合理的に買える。

一言まとめ:ドルコスト平均法は「期待値を上げる」のではなく「分散を下げる」ツール。これを “必勝法” と呼ぶのは、保険を “必勝法” と呼ぶのと同じ誤解です。


L3|「長期」は本当に勝利を保証するか

「長期保有すれば必ず勝つ」も、入門書の決まり文句です。実際には時間軸と市場次第で、長期でも負ける時代が存在します。

日本の失われた 30 年

  • 1989 年 12 月:日経平均 38,915 円(史上最高値)
  • 2000 年:14,000 円台
  • 2010 年:10,000 円台
  • 2024 年 2 月:ようやく 38,915 円を超えた(34 年ぶり)

1989 年ピークで日経平均を買い、“長期保有” した投資家は、34 年間、名目でも元本回復しなかった。配当込みでも、インフレ調整後では未だにマイナスの可能性があります。

米国の “Lost Decade” 2000-2010

S&P500 は 2000 年 1 月 → 2010 年 12 月、配当再投資込みでも約 +1.4%/年。インフレ調整後では 実質マイナス。米国株でも、タイミング次第で 10 年の長期保有が実質的にゼロリターンだった例はあります。

「平均に戻る」仮定の危うさ

「長期で見れば平均に収束する」は 過去データからの帰納推論 であって、法則ではありません。米国株の年平均リターン 10% は、特定の 100 年(1920-2020)の実績。19 世紀末のアルゼンチン株、1930 年代のドイツ株、1950 年代の中国株 は、長期保有していれば財産を失っていました。

一言まとめ:「長期で勝つ」は “米国が今後も世界経済をリードする” という前提に賭ける行為。これは経済学の仮説であって、数学の定理ではない。


L4|新 NISA の分布で考える

新 NISA の月 10 万円 × 30 年のシナリオを、単一の期待値ではなく分布 で見てみましょう。

標準的な前提

  • 月 10 万円 → 元本累計 3,600 万円
  • 平均年利 7%、標準偏差 15%(過去の米国株の目安)

期待値と散らばり

  • 期待値:約 1 億 2 千万円(複利計算の中央値付近)
  • 5% 分位(下位 5%):約 5,500 万円(期待値の 45%)
  • 95% 分位(上位 5%):約 2 億 5 千万円(期待値の 2 倍以上)

つまり “1 億 2 千万” は中央値であって保証ではなく、現実の結果は 5,500 万〜2 億 5 千万の範囲 に広く散らばります。

控えめシナリオ(Forward-looking な予測を使うと)

L1 で触れた将来予測(主要機関の 4-6%)を代入すると、同じ月 10 万 × 30 年でも:

平均年利30 年後の資産(期待値)元本 3,600 万に対する倍率
7%(過去実質)約 1.22 億円3.4 倍
5%(やや控えめ)約 8,300 万円2.3 倍
4%(Vanguard 等の下限)約 6,900 万円1.9 倍

同じ “新 NISA の月 10 万” でも、どの前提を置くかで 5,000 万円以上の差が出ます。入門書の「1.2 億」はベストケース、現実的な中央値は 8,000 万〜1 億前後と見るほうが保守的で妥当です。

“負ける” 確率は?

同じ前提で、30 年後の資産が元本 3,600 万円を割る確率 は、歴史的データから推計すると 約 3-5%。小さいが、ゼロではない。「必勝」ではありません。

月 10 万を 30 年続けられるか

さらに 投資できる元本自体 も、人生の確率的事象です:失業・病気・結婚・離婚・親の介護。月 10 万を 30 年一度も崩さず積み立てる確率は、健康な専業者でも 50% を切るかもしれません。

一言まとめ:新 NISA の “1 億 2 千万” は、“期待値 × 継続確率 × リターン確率” を掛け合わせて初めて現実化する。入門書はしばしば、この掛け算の分母を無視しています。


L5|S&P500 一択の “見えない集中投資”

インデックス投資の代表格、S&P500(または全世界株オルカン)。「分散投資だから安全」と語られます。しかし、何が分散されているのでしょうか。

S&P500 の実態

S&P500 は 500 銘柄で構成されますが、2024 年時点で:

  • 時価総額上位 10 銘柄が全体の 35% 以上
  • その多くが Mag7(Apple, Microsoft, Google/Alphabet, Amazon, Nvidia, Meta, Tesla)
  • 業種的には IT/テクノロジーが約 30%

オルカン(全世界株)でも

MSCI All Country World Index の国別比率(2024 年時点):

  • 米国:約 60%
  • 日本:約 5%
  • イギリス:約 3-4%
  • 中国:約 3%
  • その他全部:約 28%

“全世界” と言いながら、6 割が米国。 実質的には “米国市場 + 分散のおまけ” です。

“集中投資” 構造の意味

  • 分散投資の謳い文句:数百〜数千銘柄に投資しているから安全
  • 実態:特定の経済圏(米国)、特定の業種(IT)、特定の時代(情報革命)への集中投資
  • 1989 年の日本株、1990 年代の新興国株 ─ いずれも “分散投資の対象” でしたが、その時代の投資家は長期保有で失敗しました

21 世紀前半を米国経済が引き続きリードする という前提に、暗黙に全額賭けている ─ これが現代の “インデックス投資” の正体です。


L6|効率的市場仮説と行動ファイナンス(研究者コラム)

インデックス投資の理論的根拠は、効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis, EMH)に遡ります。

EMH の古典

  • Fama (1965, 1970) “Efficient Capital Markets” ─ 株価は入手可能な全ての情報を即座に織り込む、個人の銘柄選択は無駄
  • → アクティブ運用はインデックスに勝てない という結論、インデックス投資ブームの数学的根拠

EMH への批判

  • Shiller (1981) “Do Stock Prices Move Too Much to be Justified by Subsequent Changes in Dividends?” ─ 株価の変動は配当の変動では説明できないほど大きい、市場は非効率
  • Kahneman & Tversky (1979) Prospect Theory ─ 投資家は合理的ではない、損失回避バイアス等
  • → 行動ファイナンス の勃興

現代的な統合

  • Lo (2004) The Adaptive Markets Hypothesis ─ 市場は環境に応じて効率性が変動する “進化する” システム、EMH と行動ファイナンスを統合
  • Siegel (2014) Stocks for the Long Run ─ 長期保有論の決定版、ただし “長期” の定義は 20 年以上
  • Malkiel (1973 以降 12 版) A Random Walk Down Wall Street ─ インデックス投資の啓蒙書の古典

一般読者に持ち帰ってほしいこと

  • 「長期・分散・積立」は 確率的に有利な戦略 だが、必勝法ではない
  • インデックス投資は “米国 + IT + 情報革命時代” への集中投資
  • 期待値だけでなく 分散 と 継続確率 を含めて評価する
  • 入門書の「複利の魔法」計算は、確率的な上限値 であって期待値ではない

おわりに

300 円の宝くじ(W1)、年 3 万円の火災保険(W2)、1,300 万円の金利差を抱える住宅ローン(W5)、そして 3,600 万円を 1 億 2 千万円にしたい(と信じる)新 NISA のつみたて(W6) ─ 全部、同じ “確率のレンズ” で見てきました。

今回も結論は同じ:

期待値だけで判断してはいけない。分散(最悪シナリオ)と継続確率(人生の揺らぎ)を掛け合わせて判断する。

インデックス投資は 合理的な選択 ですが、“必勝法” ではありません。入門書の「30 年で 1 億 2 千万」の裏には、「5-10% の確率で元本割れ」「50% の確率で 30 年続かない」「“米国が引き続きリードする” 仮説が外れる可能性」が隠れています。

これらを織り込んで、それでも投資すると決める ─ それが、確率のレンズを持った意思決定です。

次の週は少し軽めに、W7:モンテカルロ法で日常を遊ぶ を予定しています。宝くじ・保険・住宅ローン・インデックス投資 ─ ここまで積み上げた確率のレンズを、プログラミング 10 行で “手を動かして” 感じられる回です。