モンティ・ホール問題 ─ あなたの直感は今も間違っている


動画版(約6分)。急いでいる方はまずこちらでもOK。

前回まで(W1 宝くじ / W2 保険)は、お金の話でした。今回は少し毛色を変えて、確率的な直感がどう壊れるか の話です。

あなたの前に、3つのドアがあります。1つの後ろには 車、2つの後ろには ヤギ がいます。まず1つ選んでください。

選んだあと、答えを知っている司会者モンティが、残りの2つのうち、ヤギがいる方のドア を開けてみせます。「さて、選択を変えますか?」

多くの人は「変えても変えなくても、残った2つのドアの後ろに車がある確率は 1/2」と答えます。

それが間違いです。ドアを変えたほうが、勝率は 2倍 になります。


L1|問題そのものを整理する

正確な設定はこうです。

  • ドアは A, B, C の3つ。裏には車が1台、ヤギが2匹(ランダムに配置)
  • あなたは A を選ぶ
  • 司会者は 裏を全部知っている。B と C のうち ヤギがいる方 を必ず開ける。もし B と C の両方がヤギなら、どちらかをランダムに開ける
  • 司会者が例えば C(ヤギ)を開けた
  • 「A のままにしますか? B に変えますか?」

「A も B も1/2ずつでは?」と思ったあなた、実は多くの研究者も同じ間違いをしました。1990年、コラムニスト マリリン・ヴォス・サヴァント が雑誌 Parade の「Ask Marilyn」欄で「変えるべき」と書いた時、およそ 1 万通の反論が寄せられ、うち約 1,000 通が博士号保有者からのもの でした。高名な数学者 ポール・エルデシュ も、後にシミュレーションを見せられるまで納得しなかったと伝えられています(Vazsonyi の自伝より)。しかし正しかったのは、ヴォス・サヴァントの方でした。


L2|直感はなぜ壊れるのか

答えは 「司会者は知っている」 の一文に凝縮されています。

司会者がランダムにドアを開けているなら、あなたの直感は正しい。しかし司会者は 必ずヤギを開ける。この “情報の非対称” が確率を歪めます。

もう一度、最初の選択に戻りましょう。

  • 車がある確率が最も高いのは、あなたが選ばなかった残り2枚(合計 2/3)
  • あなたが選んだドア A に車がある確率は 1/3

司会者が「残り2枚のうち、ヤギの方」を開けてくれた瞬間、残り2枚の中にあった 2/3 の確率が、B 1枚に凝縮 されます。

一言まとめ:司会者は “ヤギを1枚外してくれる” のではなく、“当たりの居場所を1枚に絞ってくれる”。あなたが受け取っているのは、実質的な当選番号のヒントです。


L3|シミュレーションで確認する

理屈が納得できなくても、シミュレーションで結果は変わりません。10,000回試行してみましょう。

戦略勝率(10,000回)
ドアを 変えない約 33.3%(= 1/3)
ドアを 変える約 66.7%(= 2/3)

変えるだけで勝率が2倍になる。3年連続の実験でも、100万回の試行でも、この数字は動きません。

“神は宝くじで遊ばない” とアインシュタインは言いましたが、モンティ・ホールでは、遊ばないほうが損をします。


L4|条件付き確率で解く

数式で確認します。「B のドアの裏に車がある」という事象を CBC_B、「司会者が C を開けた」という事象を OCO_C と書きます。

求めたいのは:

P(CB∣OC)=P(OC∣CB)⋅P(CB)P(OC)P(C_B \mid O_C) = \frac{P(O_C \mid C_B) \cdot P(C_B)}{P(O_C)}

各項を埋めていきます。

  • 事前確率 P(CB)=1/3P(C_B) = 1/3(車の位置は等確率)
  • 尤度 P(OC∣CB)=1P(O_C \mid C_B) = 1(B に車があるなら、A を選んだあなたに対して司会者は必ず C を開ける)
  • 周辺確率 P(OC)P(O_C) = 「司会者が C を開ける」の全確率
    • 車が A(あなたの選択)にある場合:司会者は B か C をランダム、P=1/2P = 1/2、事前 1/31/3 → 寄与 1/61/6
    • 車が B にある場合:司会者は必ず C → P=1P = 1、事前 1/31/3 → 寄与 1/31/3
    • 車が C にある場合:司会者は C を開けない → P=0P = 0
    • 合計 P(OC)=1/6+1/3=1/2P(O_C) = 1/6 + 1/3 = 1/2

したがって:

P(CB∣OC)=1×1/31/2=23P(C_B \mid O_C) = \frac{1 \times 1/3}{1/2} = \frac{2}{3}

ドアを変えれば 2/3、そのままなら 1/3。数式は明快です。


L5|ベイズ的に見ると「情報の更新」

L4 は結局、ベイズの定理 そのものです。ベイズの視点で言い直すと:

P(CB∣OC)⏟事後確率=P(CB)⏟事前確率×P(OC∣CB)P(OC)⏟更新係数\underbrace{P(C_B \mid O_C)}_{\text{事後確率}} = \underbrace{P(C_B)}_{\text{事前確率}} \times \underbrace{\frac{P(O_C \mid C_B)}{P(O_C)}}_{\text{更新係数}}
  • 事前:どのドアも 1/3
  • 観測:司会者が C を開けた
  • 更新:B の確率は 1/3→2/31/3 \to 2/3、A の確率は 1/3→1/31/3 \to 1/3(変わらず)、C の確率は 1/3→01/3 \to 0

面白いのは、A の確率は動かない ということです。あなたが選んだドアは、司会者がどう動いても「1/3のまま」。動くのは B と C だけ。

一言まとめ:モンティ・ホール問題は “3枚のドアから1枚を選ぶゲーム” ではなく、“1枚を選んで、司会者から情報を受け取って、確率を更新するゲーム”。直感は前者を、数式は後者を見ています。


L6|同じ構造は日常に潜んでいる(研究者コラム)

司会者の “情報の非対称” は、実世界のあちこちに現れます。

医療検査の陽性率

ある病気の有病率が 1%、検査の精度(感度・特異度)が 99% だとします。ランダムに検査を受けて陽性だった時、実際に病気である確率は?

多くの人が「99%」と答えますが、実際は約 50%。ベイズの定理を適用すると:

P(病気∣陽性)=0.99×0.010.99×0.01+0.01×0.99=0.50P(\text{病気} \mid \text{陽性}) = \frac{0.99 \times 0.01}{0.99 \times 0.01 + 0.01 \times 0.99} = 0.50

事前確率(有病率)が低いと、検査が「陽性」でも実際に病気である確率は思ったほど高くない ─ これは ベース率の錯誤 と呼ばれる古典的な認知バイアスです。

迷惑メール判定

「無料」「今すぐ」というワードは迷惑メールに多い。でも普通のメールにも登場します。単語を見て「迷惑メール確率」を出すのは、まさにベイズ更新。有名なナイーブ・ベイズ分類器はこの仕組みです。

学術文献(既発表のみ)

  • Selvin (1975) “A problem in probability” (American Statistician) ― モンティ・ホール問題の原論文
  • vos Savant (1990) “Ask Marilyn” Parade Magazine ― 論争を巻き起こしたコラム
  • Rosenhouse (2009) “The Monty Hall Problem: The Remarkable Story of Math’s Most Contentious Brain Teaser” ― 一冊まるまるモンティ・ホールを扱う学術書
  • Kahneman & Tversky (1973) “On the psychology of prediction” ― ベース率無視のバイアス研究の古典
  • Rosenthal (2006) 『思いがけず数学を使う日常』(Struck by Lightning)― 一般読者向け

一般読者に持ち帰ってほしいこと

  • 直感は「対称な世界」を見る。数式は「情報の非対称」を追う
  • 相手が “知っている” 状況では、あなたの確率は素朴に半々ではない
  • 医療検査、詐欺メール、就活のスクリーニング ─ 世の中は “モンティ・ホール構造” だらけ

おわりに

3つのドア、1つの車、2匹のヤギ。ここから始まった話は、ベイズの定理、医療統計、機械学習まで繋がっていきます。

もう一度、最初の問いに戻ります。

ドアを変えるべきか?

数学の答えは:「変える。それだけで勝率は2倍になる」。ただし、これは司会者が 裏を知っていて、必ずヤギを開ける という条件付き。もし司会者がランダムに開けているなら、答えは「変えても変えなくても同じ」に戻ります。問題は “何を仮定しているか” にすべてがかかっている ─ これが確率の面白いところ。

次の週は 誕生日問題。「同じ誕生日の人が2人いる確率が50%を超えるのに、必要な人数は?」あなたの直感は、たぶんまた間違えます。